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劇団からっかぜ 公演作品動画 1985-1989 [劇団からっかぜ]

劇団からっかぜ1984年4月27日(金)18:30~ 『かげの砦 』作:小寺 隆韶 演出:平井 新  浜松福祉文化会館開館記念公演
4月27日-28日(土)18:00~ 創立三十周年記念公演No2  (福祉文化会館)
6月24日(日)13:30~ 劇団からっかぜ自主公演(北部公民館公演)



劇団からっかぜ1984年12月02日 『私の上に降る雪は』作:石崎 一正 演出:村越 一哲 浜松市芸術祭30周年記念合同公演(浜松放送劇団)  福祉文化会館ホール
 
劇団からっかぜ1985年5月18日19日(日) 『ブンナよ木からおりてこい』原作:水上 勉 脚色:小松 幹生 演出:布施 佑一郎 二ステージ(福祉文化会館)
6月9日(日)浅間小学校子ども会



劇団からっかぜ1985年7月28日(日) 「試演会」 曳馬公民館
  13:05-13:56『橋』作=マリオ・フラッティ 訳=岩田治彦 三平・平助・松尾
  14:10-14:30「うしろの正面だあれ」作:別役実 京子・麻美・克宣
  14:40-15:11「鳩」作:勝山俊介 平間・由美・鳥居
  15:20-15:30「安達ヶ原の鬼婆」作:楠山正雄 中江みさと
  「山の背くらべ」静岡県昔話し  松尾
  「化粧」作:井上ひさし  昭子
  「キジも鳴かずば」 作:よこみちそれる 山本のり子・鈴木一恵・菊池和義


劇団からっかぜ1985年12月1日(日) 2日(月) 『風の暦』其の1 作/演出: 深沢 大助
第二十五回静岡県芸術祭(芸術祭賞受賞) 福祉文化会館



劇団からっかぜ1986年7月18日(金)18:30~35人  19日(土)18:30~ 65人
 7月20日(日)13:00~91人 『きつねとぶどう』作:フィゲーレ 訳:牧原 順 演出:平井  新 可美公園総合センター

劇団からっかぜ1986年11月09日(日)13:00~ 350人 ぼくらの劇場を『ベッカンコおに』作:さねとうあきら 脚色:ふじたあさや  演出:のりつけほうせい  湖東団地子供会(和地山体育館)  
 子供会役員:山崎信枝86-0703 司会:戸田兵助
12月7日(日)11:00~ 14:00~ 500人 葵町子供会 (葵西小学校体育館) 
 子供会役員:河野弘子36-9507 司会:戸田兵助 & 菊池京子

劇団からっかぜ1987年 2月1日(日)13:30~ 180人 ぼくらの劇場を『ベッカンコおに』作:さねとうあきら 脚色:ふじたあさや  演出:のりつけほうせい 
入野南平子供会(入野体育館)  子供会役員:金子憲治49-0222 司会:菊池京子 豆まき
2月22日(日)14:15~ 100人 佐鳴台2丁目子供会(西彦尾公民館)  
 子供会役員:可知薫48-4447 司会:菊池京子
3月1日(日)13:15~ 100人 阿弥陀町子供会 (阿弥陀公民館) 
 子供会役員:鈴木光夫73-3068 司会:菊池京子
3月8日(日)13:30~ 300人 初生町子供会 (初生小学校体育館) 
 子供会役員:伊藤雅子37-0865 司会:菊池京子
3月15日(日)13:00~ 150人 吉野町子供会 (吉野小学校体育館) 
 子供会役員:北村正方36-0829 司会:菊池京子
3月21日(土)11:00~ 50人 高丘11区子供会(瑞穂会館) 
 子供会役員:熊谷36-1929 司会:夢野未久
3月22日13:30~ 100人 浜北高畑子供会 (高畑公民館) 
 子供会役員:蘇我勝代浜北7-4897 司会:菊池京子

劇団からっかぜ1987年11月20日(金)-22日(日)・三回 『十一人の少年』作:北村 想 演出:西井 学 (浜松科学館)


劇団からっかぜ1988年7月1日(金)19:00~54人 2日(土)19:00~65人 3日(日)14:00~112人 計231人@1200円 『ザ・シェルター』 作:北村 想 演出:鈴木 克法 浜松科学館


劇団からっかぜ1989年9月9日(土)18:30~ 10日(日)14:00~ 421人(内205人招待)  『奇跡の人』作:W・ギブスン
訳:牧原 純 演出:平井 新  篠原稽古場(アトリエ)落成記念公演
9月23日(土)18:30~ 24日(日)13:30~ 

 

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劇団からっかぜ 公演作品動画 1990-1994 [劇団からっかぜ]

劇団からっかぜ 1990年11月24日(土)福祉文化会館374人 『小さな草の歌』原作:那須田稔 脚色:劇団からっかぜ 演出:布施 佑一郎
第三十六回浜松市芸術祭・第三十回静岡県芸術祭(準奨励賞受賞) @500円
1990年12月8日18:30~ 9日(日)13:30~ 浜松科学館131人『小さな草の歌』原作:那須田稔 脚色:劇団からっかぜ 演出:布施 佑一郎  第二十一回自主公演 制作費@1000円
1991年1月19日(土)18:30~ 20日(日)19:00~ 2月3日(日)15:00~ 稽古場公演191人 『小さな草の歌』原作:那須田稔 脚色:劇団からっかぜ 演出:布施 佑一郎 制作費@1000円



1991年11月2日18:30~ 3日(日)14:00~ 浜松科学館 第22回自主公演 『11ピキのネコ』作:井上 ひさし 演出:平井 新 
1991年11月24日13:30~ 福祉文化会館『11ピキのネコ』作:井上 ひさし 演出:平井 新 第37回浜松市芸術祭・しずおか文化の祭典91参加第31回静岡県芸術祭(奨励賞受賞)
1992年1月26日高丘子供会瑞穂公演『11ピキのネコ』
1992年3月1日佐鳴台子供会『11ピキのネコ』
1992年3月7日積志漆島子供会『11ピキのネコ』
1992年3月8日愛恵保育園『11ピキのネコ』
1992年3月14日18:30~ 15日(日)14:00~ 稽古場公演『11ピキのネコ』


1992年9月20日18:30~ 浜松城公園内石舞台による野外公演『想稿・銀河鉄道の夜』作:北村 想 演出:大城 伸友
1992年11月21日(土)14:00~ 福祉文化会館『想稿・銀河鉄道の夜』第38回浜松市芸術祭・第32回静岡県芸術祭参加
1993年1月30日18:30~ 31日(日)14:30~ アトリエ公演(第23回自主公演)『想稿・銀河鉄道の夜』


1993年9月25日(土)18:00~91人 26日(日)17:30~81人 クリエート浜松ふれあい広場 第24回自主公演ふれあい公演『永遠の青空』作:砂本 量  演出:布施 佑一郎 
10月23日(土)18:00~41人 24日(日)14:00~50人 劇団からっかぜ稽古場公演『永遠の青空』
1993年11月21日18:00~ 福祉文化会館202人『永遠の青空』第39回浜松市芸術祭・第33回静岡県芸術祭(奨励賞受賞)制作協力券 大人1000円 中高生800円


1994年06月18日18:30~94人 19日10:30~59人 13:30~59人 アトリエ『彦市ばなし』作:木下 順二 演出:平井 新  第25回自主公演/からっかぜ親子劇場 制作協力券 親子券1100円 大人1000円 子供500円

1994年12月3日16:30~福祉文化会館779人  『モモ』作:ミヒャエルエンデ
脚色:栗本英章 演出:布施 佑一郎  第四十回浜松市芸術祭・第三十四回静岡県芸術祭(準奨励賞受賞)

 

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05月26日(日)劇団からっかぜ「takakikanomono二人の長い影」現地調査 [劇団からっかぜ]

2018年7月8日(日)「二人の長い影」満蒙開拓平和記念館現地調査
劇団からっかぜ:8:00集合
○菊池FIT:k.k・s.h・y.t・m.n ○布施FIT:t.h・m.s・y.f・m.n ○純子デミオ:j.w・y.t・r.s
8:05劇団3台で出発。旧東海道/県道316号線→九領橋東(交差点)→県道65号線(東名環状線)へ進む
→国道257号線、9:02-9:15道の駅「鳳来三河三石」(44km地点)
鳳来三河三石
→国道151号線
10:21-10:42道の駅グリーンポ-ト宮嶋(95.5km地点)
グリーンポート宮嶋
10:58-11:37道の駅「信州新野千石平」(108.5km地点)
信州新野千石平道の駅「蔵」で昼飯「ざるそば」を食べる。
ざるそば650円
別所街151号線 阿南町 県道64号 491号
12:20-14:56「満蒙開拓平和記念館」(142km地点)
満蒙開拓平和記念館
〒395-0303 長野県下伊那郡阿智村駒場703-1TEL0265-43-5580
12:30-12:48三沢亜紀さんがビデオ20分後、ボランティア木村佳捻さんが1時間以上説明をしてくれる。入場料500円11人。14:34木村さんと記念撮影。
ボランティアガイド
14:35-14:42長岳寺0265-43-2967(平和記念館より徒歩5分)100円で皆で鐘を突く。

  山本 慈昭1902年1月25日 - 1990年2月15日)「中国残留孤児の父」
  阿智村の長岳寺の住職、阿智村から満蒙開拓移民の一団「阿智郷開拓団」
14:56「満蒙開拓平和記念館」駐車場を出発。
15:30-16:04道の駅「ひまわりの湯」166.6km地点長野県下伊那郡平谷村252。五平餅300円買う。
国道418号線道の駅「信州新野千石平」通過し、国道151号線 を進む
16:57-17:00道の駅グリーンポ-ト宮嶋196.6km
国道151号線 257号。舘山寺街道48号。県道65号線(東名環状線)へ進む。18:45コスモガソリンスタンド11.6L281.1km。劇団に19:00お疲れ様でした。

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劇団からっかぜの芝居つくりで思うこと13 [劇団からっかぜ]

--ポドテキスト(サブテキスト)--  神の木の隠居 から  布施 佑一郎

 ポドテキスト  
○ 目的一「役の内的感情生活の理解」
 感情表現(情動)に直接働きかけたり、 感情を直接表現しようという試みは、 私たちの芝居つくりではないと思います。
『さあ、笑つて』『この台詞は悲しいね、泣いてみよう』という演技ほど無意味で邪悪なものはないと思います。私達の問題は、感情を生み出す根源にあると思います。
 ーつの事件のビジョンでも、其れを語る人間の個人的体験、経歴、人生の志向、その時の状況によって全く異なった評価、判断、扱いをうけることがあります。

マラソン嫌いな私、雨は私を喜ばします。(マラソン中止、ヤッター)表情に出せれないかもしれませんが。
折角のデートを台無しにされる雨に涙の私。
日照で劇団のひまわり首垂れる。恵みの雨に歓喜(100本のひまわり助かった)。
台風19号の大雨に、好きな人と同じ避難所、一緒になれた幸福。
台風19号の大雨で家が流され、失意のどん底に。
飴が大嫌いな私、彼に嫌な思いをさせたくない。飴を嬉しそうにもらう。
イガイガ喉の私にのど飴がそっと手に、私への心に有頂天。
好きなのにそっけなく答える馬鹿な私にがっくり。
未来への予想によってもことなります。

1つの事件に対する様々な態度一一それが登場人物の間の葛藤を生むバネに成ると思います。

○演技創造の実際には、 俳優は自分を登場人物の生活状況(テキストの特徴)で包み、 登場人物の行為の論理を把握すると良いと思います。
其の論理は、人生に対する登場人物の態度、 目前の現象に対する登場人物の判断(評価)から生まれる戸思います。
言語行動を実現するには、鮮やかで内容豊かなヴィジョンのフィルムをつくるだけでは足りなくて、登場人物の一貫した生きていく目的(超課題)に応じた、ヴィジョンのフィルムに対する態度の決定が必要だと思います。
内面で感じ取れる登場人物の[精神生活]がつくられると思います。

 テキストの言葉の下を絶えず流れている実感、 言葉に生命を与えるものだと思います。
演劇の実践ではテキストの発言を裏付ける、登場人物の内面生活の事を『ポドテキスト』と呼びます。
行動の領域で一貫した行動と名付けるものを、話言葉の領域では『ポドテキスト』と言うと思います。
創造すなわち『ポドテキスト』であり、 『ポドテキスト』は俳優の創造の主たるものだと想います。

○ポドテキストは、登場人物の本心の考え、感情、もくろみを表現するヴィジョンです。
前述したヴィジョンと異なるのは、 ヴィジョン及びヴィジョンのフィルムは言葉によって語られることを目的とした内的風景ですが、ポドテキストは、多くの場合台詞(台本・テキスト)と矛盾してくることが多いと思います。
 言葉は、本当の思惑や志向を隠したり、カモフラージュするために発せられることが少な<ないと思います。

○現実の生活でも舞台でも、 人間の内面の世界を知る手掛は、 出来るだけ長い時間を掛けてその人の行為の論理を注目することだと思います。
人間の行為を操る内面のバネも、 台本(テキスト)の特徴に隠れて見えないポドテキストも、 行為の論理をたどれは秘密・悪事をあばくことができると思います。

○ポドテキストは言葉を発するときだけ必要なのではなく、相手役の話を聞いている時にも必要です。
聞いているという時の身体行動、 沈黙のほうが、 いかなる言葉よりも雄弁な時もあるのです。
話すほうもただ言葉で働き掛けるだけでな<、 話しながら相手役の反応を知覚し評価しそれに応じて自分を変えたり新しい働き掛けの方法を捜したりするのです。

〇注意点一舞台に上がったら、 俳優はポドテキストの事を考えないようにする。

相手が変わったら変わる、相手役の微妙な反応を知覚し、対応できるようにあらゆる事前のたくらみから自由だと良いと思います。

○俳優はテキスト上の特徴の疑問に対して、 その中の考え、 理念の戦い、様々な観点の衝突等を、 比較的容易に発見します。
しかし言語の戦いには簡単に分析できない矛盾する感情の戦いもあります。
対立する考えや理念だけではな<、対立する情動、感情表現(言葉や行為による)があるのです。 未発達な俳優は、相手役がその直前に発した台詞の音調(言葉の抑揚やテンポリズム)に影響されて中々抜け出せません。
それは、 舞台全体のリズムを弱め、 退屈な単調さを生み出していく思います。

★2人でゴッコ遊び。セリフは4つ。組み合わせを変えて皆で遊ぶ。
A あの
B なに
A ま、いいや
B そう

毒をもって
A ①貧困にくたびれた私死ぬ。②ばくち依存のあんた死ね。③一緒に死のう。
A あの
相手 なに
相手の反応に変化が起きる。 A ま、いいや
①毒を使ってやる。②毒を捨てる。③後で使えるようにしまって置く。
相手 そう
END

婚姻届を持って
A ①その気で印鑑押した嬉しい私。②あなたの承諾に不安。③一緒に役場へ。
A あの
相手 なに
相手の反応に A ま、いいや
相手 そう
①婚姻届を渡す。②婚姻届を破って捨てる。③しまっておく。
END

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劇団からっかぜの芝居つくりで思うことⅫ [劇団からっかぜ]

--芝居を一般的から個別性へ--        劇団からっかぜ 布施 佑一郎

 演劇を磨くためには、コメディーでも悲劇でもホームドラマでも良いのですが、やはり緻密に意味ある人格を持った人たちが描かれていて、練られている、構造のしっかりした、古今東西の(国籍とわず)古典、近代、現代の名作・傑作と呼ばれる本が良いと思っています。(演出の練習にも)

劣化コピーと邪悪な振り演技について思うことの2つ

一つ目は
「(セリフの国語的な表面の1つの意味ではなくて)実際の人間が『やっている』事実を認識し価値を受け入れて欲しい」

二つ目は
「もっと人間の良さを、もっと人間のいろいろを信じようよ!」(綺麗ごとだけではなく)

 ということ。

 学歴、年齢、キャリアの長さや所属、関係なく、この2つは共通して思います。
作品のスタイルに照らし合わせて考えながら、しかし、字面の意味だけの「物語」にこだわらずに、いわゆる超目的や目的やら、ポドテキストなどに取り組むことになるのですが、そこで気になるのが、ちっとも実際に役の人物たちがやっている行動の「事実」を認めない人々。妄想してたり、ただあらすじ考えてたり、セリフがすべてになっていたり、目的がなかったり、自我の状態がいつもの自分のままだったり…。
 例えば、セリフの言い換えさえできれば内容わかったつもりになっているなら、それじゃ普段、あなたは思っていること、感じていること、すべて口に出しているのかな?と尋ねたい、
思考だけが、相手の前で口にできることだけが、あなたの中身なんですか?
「オトナ」になる過程でいろんな事情で、特に深い感情とかがないがしろにしたり、隠す術だけうまくなっていったり、表面的な機能だけ優先したり…まあ、いろいろあるとは思います。
 演劇は(芸術)、「人間をより人間らしくする」と思います。
いろいろな人間たちが(フィクション内でも)、さまざまな時代や文化風習を越えて、普遍的な深い人間の感情や葛藤や人間の正体をポドテキオストや超目的に抱えて、一生懸命、ほんとの意味でまるごと「生きている」とき、

素晴らしい!!!

物品のように硬くて、とてつもなく「殺伐とした心象風景」の俳優がいて、深刻に驚きます。
愛もない、許しもない、情けもない、恐怖も不安も幸福も希望もない。
自分にも他人にも、何の信頼も友愛もない。(生活をどうしているのか)

一般的でとってもあさい、その場限りの、自分勝手な思い込みと凝り固まった気分みたいなもの、そしてそれを体現しちゃってる残念な身体と、これまた浅い思考….、癖だらけのいびつな心と体。そんなものだけで、芝居はできないのです。

 そんなものだけで、芝居しようとするから、「できない」のです。
そんなものしか信じてなくて、使ってないから、苦しいのです。愉しくないのです。

劣化コピーと邪悪な振り演技で終わらないで、自分のたくさんの能力を捨てないで、諦めないで、見くびらないで、大事にしつつ、磨きつつ、「つかうこと」です。

もっと面白く、価値ある公演のために、もっと快適で、愉快な稽古場のためにも。



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劇団からっかぜの芝居つくりで思うことⅪ [劇団からっかぜ]

芝居つくりのメモ(再度繰返)       劇団からっかぜ 布施 佑一郎 2018/03/14(第4版)

 言語的行動の押さえを行う。読み合わせだけが独立させてあるわけではないが、喋る事が少ない生活環境(貧弱な言語生活上)では、大切な物。言葉の世界から入ってみる。
読み合わせの内に、いくつかの罠があると思います。初期のチェックポイント。

1),文字から入るため、句読点を、……チョンチョンにこだわる。それを間だと思い込んでしまう。
日常生活の言葉では、関係がない。句読点は、文字として伝えるための暗示物であって、言葉としての間とか呼吸する所ではないと思います。
2),どこで呼吸つぎするか分からない人、発声法が分からない人、要は、呼吸を吸えない人には、呼吸つぎの場所をナビする。意味が切れた所で呼吸継ぎをすると台詞が終わったと相手役が思ってしまう。
3),舞台では、大きな声を出すものだと言う思い込みのある人、すばらしい声を出さなくてはと言う思い込みから、妙に突っ張った物言い、怒鳴った物言いになる。普段の声は実にいい声なのに、力んでいるためになります。
4),説明芝居、テレビの演技に多い。「今私はこう思っています。」
相手を見てない。眼がうそになっている。行動の変わり目に呼吸継ぎの癖が出る。
心理的に、客席を見ている。演出を伺っている。行動の振りをする。出だしにアクセントが来る。
5),自分の為の芝居をしてしまう。本来なら台詞をしゃべるとき、相手を変えようとして働きかける場面で、それを自分の行為を正当化させる為に、自分を納得させるように台詞を出すのは、良くないし、すべきでない。自分の為のお芝居は、一般的な演技の芝居になる「泣く時はこう・怒る時はこんな顔付き」というようになる。更に感情の押し売りにとエスカレートする。
ある結果を想定して、相手の台詞に関係なく自分勝手に悲しい振り、怒った振りをし、雰囲気を演ずる。「感情とは、行動が的確に掛けられた時、結果的に体験できること」

 俳優は、演出のロボットではありません。俳優自らの創造があって成り立ちますが、
形象以前の諸問題で苦しむ事が多いです。肉体が開放されていない。台詞が棒読みで会話になっていない。癖が強い。足が舞台に接着されている。
◎自分の声がこの会場で通るだろうか?心配の中で行うとしゃべり、相手役が見えなくなる。
体の解放を創る。何百人もの人に私は見つめられているんだと思うだけで体が固くなり、声が出なくなる。そんな時、客へ前を向いて体をほぐそうとしても、ほぐれるわけがない。相手役をどうしたいのか本気になって行動させる。そのことのみ、客席の目を忘れさせる。うまく出来ている時は、夢中で自分側からなくただ相手役のことをみように覚えているような時である。
◎自分の云い方探しをしているようでは駄目だ。相手をどう変えるのか、行動の根っこの所を押さる。。
◎役者の身になってのダメ出しが必要。何処が傷害になって声が出ないか。何処が傷害になって体が動けないでいるのか、の見方が必要。出来ていない所だけの指摘は、役者を腐らせる。
◎くどい、読み合わせは行わない。丸暗記するほどやると動きが出来なくなる。手足・体がじゃまになる行動になってします。
◎しゃべり合う中で、ふくらまし、挑発し合う関係を創る。(生徒にならない)
◎役者を操り人形にしない。一時的にしろ、役者がストライキを起こす。(先生にならない)
◎演出の意志で動かされていると役者が思ったらダメ。なりよりも役者がのびのび動ける手助けをする。
◎この芝居は、役者自分自身が全部創ったんだという思いで出来る関係の芝居造りが良い。
◎役者の伸び具合を分かってやる。細かい変わりかたを暖かく見ている目が必要です。


☆芝居が生き生きしない原因(再度繰返し)
1)、文字を読む所から抜け出せない。
1)、行動が曖昧にしかつかめていない時
1)、目が死んでいる。
1)、云い方探しをしている。
1)、誰に物を言っているか分からなくなってしまう。
1)、大きな声を出さなくては、ダメだと思っているプレッシャー。
これら障害を繰り返していると、蓄積され、舌の根っこの所が固まり云い方として、動きとして抜け出すことが出来なくなる。後で気が付いて分かっても、直そうと思っても、その悪い云い方、動きが蓄積されているため抜け出すことが出来なくなる。
体と声は、密接している。こわばった体に、生きた声は出ない。言葉を言う時、体がじゃまになっている時、体の動きがおろそかになっている。クビとカタに力が入っていると、相手に集中できない。強張ったものに言いと手と足が邪魔になる。
キャラクターを固定的に決め付けない。無口なキャラの人がある局面で雄弁になる。
雄弁なキャラの人がある局面で無口になる。(好きな人の前でしゃべれなくなる)
状況で、相手が変われば、自分も変わる。変化するものとして捕らえる。
行動傾向(キャラ)が阻むもので変わっていくさま(葛藤ドラマ)を楽しむ。
過去から現在未来へといきていく。決め付けないで問い続ける。もし私だったらの魔法。
実感があるか。常に実感を持ってできるように訓練する。
おかれている状況・境遇(シチュエーション) で行動傾向(キャラ)がどのように変化するのか?
きつい人とやさしい人を対立的に考えない。怒る人を見てやさしくない人だと決め付けない。状況が変わり、自分が変わり、相手も変化する。相手の対応が変われば、自分も変わる。変化するものとして捕らえる振り演技ではない。実感を大切に、目的を持った行動が阻害されたときドラマが生まれる。

繰り返し問う。(からだに貞く)
「俳優の芸術とは舞台での行動である」ということを理解する。、「行動」とは如何なるものなのか?を理解する為に、戯曲が始まる前に経験したであろう様々な人物の個人&集団エチュードに取り組む。
この取組みにより、人物が行動を行うには、その衝動を持ち得るだけの【与えられた状況】とその現状をより望むものに変えたいという【目的】が常に必要であること。加えて、目的の前には常に【障害】が横たわっており、それに抵抗しようとすることが行動を生み、その過程で【事件】に出違うと感情は自ずと生まれてくる、というスタニスラフスキー・システムの基本を頭だけではなく、心や身体、感情など全ての要素を適して理解を進める。
「戯曲の前物語」に取組む。夫々の場面に起こっている【事件「人物は誰に何を求めているのか【目的】、それを邪魔している【障害】は何かを台本の特徴から発見する。
この作業に綿密に取組むことにより、演出家にとっても俳優にとっても戯曲を読み解く上で重要なことは(事件を正確に把握し、対立や葛藤などの障害を具体的に捉える能力)だということを理解する。
初めのうちは台詞に囚われ過ぎていた分析や演技も、講師の「人物が何を言っているのかではなく、その言葉を使い誰の何を変えたいと思っているのかを推測する」
舞台上で自分を表現して見せるのではなく、相手に対して行動する、、生きる演技に歩みを進めていく。
◎繰り返しになりますが、やってはいけない陥りやすい罠、
セリフを覚え、そのセリフに動きをつける。そこから抜け出せれないでいる事の無自覚。

初版1975年 (曳馬町)
第2版 1980年11月30日(中田町)
第3版 2013年05月31日(篠原町)
第4版 2018年04月02日(篠原町)

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新日本婦人の会 浜松支部 朗読子組 合同発表会 [劇団からっかぜ]

2018年11月28日(水)10:00~12:00 労働会館3F
新日本婦人の会浜松支部 朗読小組 合同発表会

一、ペープサート「泣いた赤鬼」 おはなし玉手箱


二、斉藤隆介 絵:滝平二郎「花さき山」


三、「三匹のコブタのほんとうの話」



四、表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬



五、紙芝居「地ごくのそうべい」


六、あさちゃん・ゆうちゃん井戸端トークショウ


七、私の浅草 (新潮文庫) 沢村 貞子 「紅い鼻緒」


八、せんそうをはしりぬけた『かば』でんしゃ


九、あなたは、広島・長崎を知っていますか



劇団からっかぜ
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劇団からっかぜの芝居つくりで思うことⅩ [劇団からっかぜ]

『スタニスラフスキーの9つの疑問』必ずなんらかの面白いことが起きる。
(本に接しての興味心)

1、私は何者か?(Who am I?)その人物について、台本から事実を書き出す。
 ※他人が自分を何て言ってるか、それに対して自分について何を言っているか?
  「他の人物が自分について言うこと」と「自分が自分について言うこと」は
   マッチしていない、なぜ?
 性別:生まれ・育ち・年齢・家庭環境・他の登場人物との物理的な人間関係。
 個性:内面の個性と外面の個性と分けて考える。ある内面が存在するとき、外面
  はどう現れているか、並べて記述してみる。この設定の場面の時にこんな特徴の
  行動をとる。その個別性を記述してある所を台本に書かれているすべてから拾い
  出す。
 或事件を経験する中で影響を受け自分が変化する所。どのような認識をする人物
  かに注目する。(+成長する変化とマイナスの変化)にも注目する。
  外面:怒っている/おしゃべり
  内面:恐れている/はにかみ
 この場面でこんなことをする?その個別性を台本からすべて拾い出す。
  視点 幼児の自分本位な、身勝手な考え方
  視線 人と人の結びつきを考えその結びつきを「意識」できる
  視面 結びつきを面(社会性)で「意識」できる
  視野 経験を積み、自分と他人と物事を俯瞰(ふかん)することができる
  視座 社会性と歴史で「意識」できる
○客が見ている舞台上で体験(見聞き)し、視点から視面/視野へと価値観が変わる。

2、私はどこにいるか。?(Where am I?)
 (例)見知らぬところ、見慣れたところ、自分の領域。
※その結果、自分のステイタス(芝居の中の位置付け)を知る。
  そこはどこの国?街?場所?
  その人物にとって親しみのある場所?慣れない場所?
   屋外?屋内?
 物理的空間。社会的立場。(場所に対するこだわりにも関係する)

3、いつのことなのか(When is it?)
※時代・出来事・思想・権力者など背景を知ることにより、芝居は変化する。
 (例)戦前・戦後・人種・階級の違い、季節など 今は朝?昼?夜? 何時?

4、私はなにを欲しているか?(What am I to do? What do I want?)
 Objective and Action(オブジェクティブとアクション:目的と行動)
 ファクト(事実)の課題に対しての要求である。
※各場面で自分が何をしたいのか知る。(他人に~させている事)
 目的が行動を伴う。意識の上での「目的」があり、それが物理的、肉体的衝動と
 して表出する物が「行動」である。必ず能動態で、「私はこれをしたい。」「私
 は誰それにこうしてもらいたい。」という文脈で考える。
 行動に移す事の出来る動詞を選ぶのが大切。演技の元になる物を探す課程である
 のだから、抽象的な形容詞を選んでも仕方がない。相手役に対してどの様な行動
 を行っているか、きちんと動詞の形で押さえておく。
 出来事をロマンチックにしやすい雰囲気を取り除く。
 但し、これをあくまでも内面に忠実な行動としてとらえておくことが肝心。外面
 の行動は別にあります。

5、何故私はそれを欲するか?(Why do I want it?)Superobjective
 (究極の理由)は何か、役者自身がイメージし,創造力が発揮されるもの。
 それぞれの目的にしたがい、その理由を考える。ある登場人物の取る行動は、
 ばらばらに見えても、必ず全体を貫く究極の理由がなくてはならない。
 その場限りの行動理由もあるだろうが、それに捕らわれると、
 自分がどこへ向かっているのかわからなくなってしまう。
 全ての行動を書き出してみてから、なぜ・なぜ・何故と堀下げていく。
 それらに共通する理由を探す。
※芝居全体を通じて自分が欲しているもの→超目的
  人間は常に何かを欲しがっているものである。
  その場面に何をするために出てきたのか? 相手に何を求めているのか
  (4の目的は、全てこれに通じている)

6、自分の欲しいもの(4の目的)をどうやって手に入れるのか(How do I get it?)
※行動と共に、考え方も変化する。→行動・手段
  この部分は予めプランしてはいけない。稽古をしながら出会う。
 「目的と行動」に密接に関連するが、ここではそれが目に見える動きとして現れる物
 ・「動作」を探す。目的に忠実な行動と、動作とは必ず一致しない。
 また、一つの目的を達成するのは数種類の動作を伴う。
 「これこれの動作によって、私は今この目的を達成しよう。」

7、何故、今欲しいのか? (Why now?)
 ※今、欲するということにより、その目的にエネルギーが与えられる。
 ※エネルギーは、想像で補うことが出来る。
  危急性(危難が目前に迫っていること。又、その様)を登場人物に課することにより
 劇的効果を高めることが出来る。どうでもいいや的行動は観客の興味を引かない。

8、ここでの障害は何か?(What obstacles are in my way?)
  障害は、他の人物の目的であったり、物理的な障害であったり、本人の内面であった
  りする。大事なのは、障害に向かっていくこと。障害が何かを説明してはいけない
  (例)物理的な問題・他人の行動による障害・自分の内面の障害
※どんな障害があるかを演じるのではなく、いかにそれに向かっていくかを行動で行う。
 ・心理的障害。外面における障害。内面的障害。具体的な物を選ぶ。

9、この目的が達成できなかった場合、我が身になにがおきるか?
(What would happen if I couldn’t achieve the objective? The stakes.)
 ※想像する事により、どれだけの力が必要かを知る。
 その目的を達成できなかったらどうなってしまうのか = 西洋の演出家は、演技に
 緊迫感がない場合 “raise the stakes”という言い方をする。
 目的が達成できるかどうかが人生の一大事になるようにしなければならない。

追加
イ) 自分はどこから来たか。登場する前に(ため)になにをしていたか??
  ※知ることにより、登場の仕方が場にふさわしくなる。
  
ロ) 私はどこに行くのだろう?
  退場先ーーー例えば、行きたいところ。行きたくないところか?

ハ) 自分の目的・行動は成功したか?失敗したか?障害によって邪魔されたのか

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次に 『劇団からっかぜの芝居つくりで思うことⅪ』


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聖星 秋の定期演奏会Vol1.2『オータムコンサート』 [劇団からっかぜ]

09月09日(日)14:00~ 浜松市浜北文化センター大ホール 聖星 秋の定期演奏会『オータムコンサート』音楽監督・指揮者 土屋史人
第1部 《クラシック&オリジナルステージ》
第2部 《エンターメントステージ》

ゲストのユーフォニアム演奏(山崎由貴)知らなかった楽器ですが、心の深いところに届くものでした。 キャンディーズコレクション 面白かった。見た人しか分からないと思うが、
とても良い時間をすごしました。ありがとうございました。



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08月21日(火)劇団からっかぜHP SSLデジタル証明書の導入 [劇団からっかぜ]

2018年8月21日(火)劇団からっかぜHP SSLデジタル証明書の導入
https化.jpg
苦労しました。
http://karakkaze.jp/ をやめて https://karakkaze.org に引越しです。
よろしくお願いします。
劇団からっかぜのメールも
kaze@karakkaze.jp をやめて kaze@karakkaze.org 煮変更です。
よろしくお願いします。

チラシなど間に合わないことになり大変混乱をおかけします。
お詫びします。

SSLデジタル証明書の導入=サイトのSSL化(https://karakkaze.org)を済す。
http://karakkaze.orghttps://karakkaze.org (2018年8月21日(火)

メールも「kaze@karakkaze.org」POP3 SSL/TLS 暗号化設定

劇団からっかぜ過去メール 解約申込完了 karakkaze@r9.dion.ne.jp 2018/06/30付け

劇団からっかぜメール 解約申込「kaze@karakkaze.jp」2018/10/13付け
 SSLデジタル証明書の導入とSSL/TLS 暗号化ができないためです。
劇団からっかぜ 独自ドメイン 「http://karakkaze.jp/」も
 SSLデジタル証明書の導入:暗号化ができないため
 「保護されない通信」と表示されてしまう。解約申込 2018/10/13付け

色々と難しい。下記内容に合わせて7月22日までに済ますよう。
「博士の愛した数式」公演ご準備してきましたが、3ヶ月遅くなってしまいました。

▼Chromeの強制的な警告表示が2018年7月から開始
「Chrome 68」では、SSL化されていないすべてのサイトにおいて、アドレス
バーに「保護されていません」と表示されます。
 この措置ではサイトの公開は可能ですが、閲覧者が不安に思いサイトへのアク
セスを躊躇する可能性があります。
また今後、他のブラウザでもChromeと同様に警告表示が行われる見込みです。
 SSL化されていないサイトは、第三者による通信内容の盗聴や改ざんのリスク
があるため、サイト閲覧者に対して危険性への理解を促すと同時に、サイト
運営者へセキュリティ対策を促す動きが世界的に活発になっています。


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